きれいでいる事 〜ヨガの八支則【ニヤマ・シャウチャ編】〜
いよいよ第2番目の項目、ヨガの八支則のうちのニヤマ=やるべきこと(自己鍛錬)の一つシャウチャ=清潔を保つについてです。簡単に言うと「掃除をする。」ということ。割と身近なことですね。しかし、掃除だけじゃなく心や体の表面、体の内側、血液や内臓まできれいに保つことです♪
おはようございます川口市鳩ヶ谷の少人数制ヨガ教室「ひだまりヨガ」代表インストラクターのKumiko です。
本日はニヤマ編、自分のためにするべきことシャウチャ=清潔を保つことについてです。
体は道具!?
清潔を保つことで、自分と他人の体や考えに対する執着から自由になれます。とヨガの経典には記されています。
さて、どうゆうことか?というと、まず、他人に不快感を与えないように自分自身の体はシャワーに入り隅々まで丁寧に洗い「清潔に保つこと」です。お風呂に入ったりすることは私たちにとっては当たり前のことですが、それとは別にヨガの哲学ではこの体と心は「経験を積む場所であり、物体」として考えられています。体は自分自身の本質ではなく、体を常に清潔にし、浄化し、道具として扱うことで、「道具を使う自分」と「道具としての体・心」との区別をはっきりとさせます。体・感覚・心は、世界・人生を経験するために必要な道具です。道具を使ったら、きれいにメンテナンスやお手入れすることで、さらに使いやすく馴染みやすくすることができます。また、体は特に取り替えることのできない大切な道具なので、いつもきれいに保ちピカピカの状態でいることが重要なのです。必要な栄養を与え、錆びないように磨き、鍛え、心も澱まないようきれいに保つことがシャウチャです。
この考えを聞いたときにも、ハッとさせられました。替えのきかない大切な道具と思うことで、自分自身の体に対する意識が格段に変わってきました。ただ当たり前のように体があることを受け入れて、すがた・形に不満を持っていましたが、それ以前に健康を保つのは当然の義務であり、そして、五体満足に産んでくれて与えてもらえた命に感謝しかないという気持ちでいっぱいになりました。むしろ、むやみに不摂生をし不健康になってしまうことは親不孝だと思ったりします。
自分の体や存在を客観視すること、客観視するということは、与えられたものに抵抗せず、すべての条件を受け止め大切に扱えるようになることです。
そして、客観的になることで、テレビやインターネット、新聞や広告などの影響での情報の「理想の体・顔」などの幻想やこだわりや執着から解放されます。
今持っている、自分の道具に馴染み、うまく使いこなし、感謝と満足を持てるということが、「自分をありのまま受け入れる」ということです。
シャウチャで心と体の浄化が進むと、無意味に他人と比べることも、変えられないという事実に悩むことも無くなります。
体を車に例えてみましょう。
毎日ピカピカに磨いて、適度に走らせ、走りをよくするためには、丈夫なタイヤときれいなガソリンが必要ですね。1年位1回は故障がないか調べたりメンテナンスがされていると、10年でも20年でも長く走ってくれます。道具やメカは大切に扱うことで長持ちします。
そのようなイメージで、私たちの体も、バランスの良い栄養を与えて、きれいな肌や血液を作り、ヨガのアーサナで体の隅々を錆びないよう動かし、呼吸で気の流れを浄化し、ストレスで心が澱まないようにマインドフルネスや瞑想を行い大切な道具としての体をメンテナンスしているのです。
シャウチャを続けることで、体や持ち物、自分に足りないものや性格、能力や自分を許せないという感情、自分を受け入れられないという考えなどから解放されます。
そして、自分の体や心だけでなく、生活していく自分の所有物に対して、常に使いやすくするために清潔な状態で毎日気持ちよく快適に満足して過ごせるように部屋や衣服、食器などきれいに保つことで、今あるものに満足し、所有しすぎないということにも繋がっていきます。
年末が近づいてきました。
そろそろ大掃除です。部屋の掃除と一緒にヨガで心も体も大掃除しましょう!自分自身も、生活全般も、清潔に輝いてきます。